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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)11115号 判決

主文

一  被告は、原告樽川晃久に対し金一二万七九七四円、原告有限会社久保田商店に対し金四万三四八一円、原告前田昌植に対し金一一万七七四八円及びこれらに対する昭和六二年九月一八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  右原告ら三名のその余の各請求及び原告大倉由宗の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1(本件配当の実施)、2(被告の本件根抵当権設定仮登記、債権届出及び配当受領)及び4(一)(別件訴訟の確定判決)の各事実は、当事者間に争いがない。

なお、弁論の全趣旨によれば、請求原因2にいう「債権届出」は、正確には、民事執行法四九条二項、五〇条の届出ではなく、民事執行規則六〇条の計算書の提出であろうとうかがえる。

二  原告大倉の請求について

原告大倉も、被告に対して不法行為に基づく損害賠償請求をしているが、同原告は、その主張する事実を前提にしても、本件配当期日後に、本件配当期日当時甲野に対して債権を有していた者から右債権(甲野に対する残債権)を譲り受けたというにすぎず、右譲渡人の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権を譲り受けたものではないし、また、同原告自身は本件配当期日当時甲野の債権者ではなかつたのであるから、独自に被告に対して不法行為に基づく損害賠償請求権を取得するいわれもない。

したがつて、同原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三  原告大倉以外の原告ら(本項では単に「原告ら」という。)の請求について

1  《証拠略》によれば、本件配当手続における各債権者(但し、被告は除く。)の配当に加わる資格及び債権額は、本件配当表に記載のとおりであつたのであり(原告らは、いわゆる一般債権者であつた。)、原告らは、甲野に対し、具体的には請求原因3(一)のとおりの債権を有していたことが認められる。

2  右のとおりであるところ、原告らは、要するに、「被告が、甲野と共謀のうえ、本件配当手続において真実の極度額二二〇〇万円を超える六〇四一万九一七八円の配当を受けたのは、原告らの甲野に対する債権を侵害するもので不法行為を構成する。」というのである。

右にいう「債権侵害」についてみるに、原告らは甲野に対するいわゆる一般債権者であつたところ、一般債権者は、執行目的財産の交換価値に対して実体法上の権利を有するものではなく、債務者の一般財産から請求債権の満足を受ける地位を有するにとどまる(その点では、一般債権者が配当を受けるのは、任意弁済を受けるのと変わるところがない。)から、原告らの債権は、本件不動産の競売代金(執行目的財産の交換価値)それ自体から配当(弁済)を受けられないことによつて直ちに侵害されることはなく、債務者である甲野の一般財産が減少して事実上弁済を受けられなくなることによつて間接的に侵害されることがあるにすぎないとみるべきである。

そして、第三者が債務者の一般財産を減少させる行為をしても、直ちに債権侵害による不法行為が成立するものではなく、第三者による債務者の一般財産を減少させる行為について、債権侵害による不法行為が成立するのは、第三者が、債務者を教唆し又は債務者と共謀して、債権者の権利行使を阻害する目的で財産を隠匿、損壊、仮装譲渡したり、あるいは虚偽の債権証書を作成して差押えをするなどし、その結果、債権者の権利行使を事実上不可能にするなど、第三者の行為の違法性が強度で社会的に許容し得ない場合に限ると解すべきである。

以上のような観点のもとに、本件における被告の配当受領行為について、原告らの債権を侵害する不法行為が成立するか否かを検討する。

3  前記争いのない事実(請求原因1、2及び4(一))に、《証拠略》を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  被告は、昭和五〇年一二月二五日、甲野との間で、従前の貸金残金及び当日の貸金を目的として、「貸金一五〇〇万円、利息年一割五分、弁済期昭和五一年三月二四日、遅延損害金年三割」とする準消費貸借契約を締結した。もつとも、右弁済期まで三か月間の利息(月四分)として一八〇万円を天引したのであり、従前の貸金残金と当日の貸金(実際の交付額)の合計は一三二〇万円であつた(右利息の天引を利息制限法に従つて計算すると、一三二〇万円に対する年一割五分の割合による三か月分の利息は四九万五〇〇〇円であるから、これを超える一三〇万五〇〇〇円は元本の支払に充てたものとみなされ、右準消費貸借の残元本は一三六九万五〇〇〇円となる。したがつて、被告は、甲野に対し、右準消費貸借契約に基づいて、貸金元金一三六九万五〇〇〇円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五一年三月二五日から約定の年三割の割合による遅延損害金(本件配当期日の昭和六一年四月二五日までの遅延損害金は四一四四万五一九七円であり、これと右元金の合計は五五一四万〇一九七円となる。)の債権を有していたことになる。)。

別件訴訟の判決も、右利息の天引による元本充当を理由に、「貸金一三六九万五〇〇〇円を超える部分及び利息債務は存在しないことを確認する」としたのであつた。

(二)  また、被告は、昭和五〇年一一月二七日、甲野から、本件不動産について本件根抵当権の設定を受けた。もつとも、その極度額を一億円としたのは、単に被告の甲野に対する現在及び将来の債権を担保するためばかりではなく、当時、甲野が、夫から離婚に伴う慰謝料の支払を求められ、他の債権者からも債務の返済を求められていたことから、その債権者対策のためという意味合いもあつた(すなわち、右債権者対策に被告が協力した。)。

別件訴訟の判決は、右事実に基づいて、一億円の極度額は債権者対策のために被告と甲野が通謀して水増しして定めたものであるとしたうえで、「全証拠によるも、具体的にいくらの極度額の根抵当権を設定する合意であつたか明らかではない」が、「本件根抵当権を設定するに至つた経緯及び根抵当権制度等を全体的に勘案して、当事者の意思を合理的に解釈して極度額を認定するのが相当である」ところ、「本件根抵当権の極度額は二二〇〇万円とみるのを相当とする」としたのであつた。

(三)  別件訴訟の判決は控訴なく確定したにもかかわらず、甲野は、本件根抵当権設定仮登記の極度額を二二〇〇万円と更正する登記手続をせず、他方、被告も、右仮登記に基づく本登記手続をしないままであつたところ、昭和六〇年八月二二日、本件競売による売却により被告が本件不動産を取得した。

(四)  その後、被告と甲野は、本件不動産の明渡し等をめぐつて争つていたところ、本件配当期日(昭和六一年四月二五日)を迎えるに当たり、一旦、「本件配当手続において、甲野は被告の要求債権額(約六〇〇〇万円)につき異議の申出をしない。被告は、右要求債権額の配当を受けたときは、内金三〇〇〇万円を甲野に交付する。但し、被告に対する配当が別件訴訟の判決の限度内であつた場合には、右交付約束は効力がないものとする。また、後日、他の債権者から異議の申出があつたときは、甲野の責任で処理する。」旨合意した。

そこで、甲野は、本件配当期日(昭和六一年四月二五日)において、被告がその届出債権額(六〇四一万九一七八円)全額の配当を受けることに異議の申出をせず、また、右同日、被告が仮登記のままでも配当金を受領できるように、本件根抵当権設定仮登記に基づく本登記をすることに同意する旨の書面を執行裁判所に提出した(なお、右書面には、「(被告に対し)貴庁の計算通り配当金を支払う事に同意致します」とも記載していた。)。

なお、甲野が右のような対応をしたのは、被告への配当に異議の申出をしても他の債権者に配当されるだけであることが分かつていたからであつた。また、被告としては、甲野に三〇〇〇万円を交付することによつて本件不動産の明渡しが円滑に行われることを期待していた。

(五)  こうして、被告は、昭和六一年五月二日に本件配当金六〇四一万九一七八円を受領したのであるが、被告と甲野(ないし同人の代理人弁護士)は、その前後も、前記交付金額及び本件不動産の明渡条件等について折衝を重ね、最終的に同月一五日、甲野は被告に対し同年九月末日限り本件不動産を明け渡すこと、被告は甲野に対し和解金として三〇〇〇万円を可及的速やかに支払うこと等を内容とする和解契約を成立させた。

右和解に基づいて、右弁護士は、同年五月一七日、被告から額面五〇〇万円及び二五〇〇万円の小切手各一通を代理受領した。そして、甲野は、右同日、右弁護士から右小切手を受け取り、これを直ちに自己の取引銀行の当座預金口座に振り込んだ。

(六)  ところで、被告以外の債権者ら(原告らを含む。)は、以上のような経過を全く知らず、したがつてまた、被告への配当について異議の申出をすることもなかつた。

また、甲野は、本件不動産以外には目ぼしい資産を有していなかつたのであり、被告から受領した右三〇〇〇万円も、被告以外の債権者らには秘匿したまま、他の用途に費消してしまつた。

4  以上の事実に基づいて検討する。

(一)  仮に、本件根抵当権の極度額が原告ら主張の如く二二〇〇万円であつたとしても、前記3(一)に判示した五五一四万〇一九七円の限度では、被告は、甲野に対し真実それだけの債権を有していたのであり、配当という手続を通じてではあるが、同人からその自由意思に基づいて弁済を受けたものと評することができ、そうすると、右限度では、原告らに対する関係で債権侵害による不法行為は成立しないというべきである。

なぜなら、債務者が、複数の債権者に平等弁済をせず、ある債権者にのみ多額の弁済をしたとしても、詐害行為にあたることがあるのは別として、その多額弁済受領者が少額弁済受領者(本件では原告ら)に対して債権侵害による不法行為責任を負うことがないのは明らかであるところ、この理は、一般債権者の配当受領についても同様にあてはまるからである。

(二)  右五五一四万〇一九七円を超える額(五二七万八九八一円)の配当受領について

(1) 右五二七万八九八一円の配当受領についてみると、被告は、真実は債権を有しないのに配当(弁済)を受けたことになり、甲野の意思に基づいていたにしても、また、本件根抵当権の極度額がいくらであつたにしても、正当な権利の行使とはいうことができず、右五二七万八九八一円は、被告に配当されなければ、後記(2)のとおり原告らを含む一般債権者にも配当されたはずであり、右一般債権者は、右配当を受けられなかつたことによつて、その分、甲野に対する債権の行使が事実上不可能になつたということができるところ、被告と甲野は、以上のような事情を知りながら、執行裁判所及び他の債権者が知らないのを奇貨として、共謀のうえ、他の債権者の権利行使を阻害する意図の下に、執行裁判所に真実に反する債権の届出(計算書の提出)をするなどして、右配当(弁済)がされるようにしたといえる。

ところで、執行裁判所は、配当期日において、執行事件記録及び各債権者が提出した計算書に基づいて配当表を作成し(もつとも、債権額等について疑いがあるときは、出頭した債権者及び債務者を審尋し、並びに即時に取り調べることができる書証の取調べをすることができる(民事執行法八五条三項)。)、かつ、その配当表に記載した各債権者の債権額又は配当の額について、出頭した債権者及び債務者(又は所有者)から異議の申出がなかつたときは、その配当表に従つて配当を実施するのであり、被告(及び甲野)の右行為は、このような配当手続の仕組みを悪用するものといわざるを得ず、違法性が強度で社会的に許容し得ないというべきである。

以上によれば、被告の右五二七万八九八一円の配当受領は、原告らの甲野に対する債権を侵害する不法行為を構成するというべきである。

(2) 右五二七万八九八一円は、被告に配当されなければ、次のとおり配当されたはずである。すなわち、

五二七万八九八一円のうち、別紙物件目録(1)ないし(4)記載の各不動産(前記のとおり計三八三八万円)分の額は一七三万〇〇六〇円であり、同目録(5)記載の不動産(前記のとおり七八七三万円)分の額は三五四万八九二一円であるところ、右一七三万〇〇六〇円は、同目録(1)ないし(4)記載の各不動産についての仮登記担保権者である嶋村文雄に配当される。右三五四万八九二一円は、本件配当表中の原告樽川以下の一般債権者(但し、同目録(5)記載の不動産について配当に加わる資格を有していない第一勧業信用組合は除く。株式会社サトウスキームの最後の二年分を超える損害金を含めて、これらの債権総額は七四二九万二五八六円である。)にその債権額に按分して配当されるのであり、原告樽川(債権額二六七万九〇〇〇円)には一二万七九七四円が、原告久保田商店(債権額九一万〇二三九円)には四万三四八一円が、原告前田(債権額二四六万四九三一円)には一一万七七四八円がそれぞれ配当される。

(3) 以上の次第で、被告の不法行為により、原告樽川は一二万七九七四円の、原告久保田商店は四万三四八一円の、原告前田は一一万七七四八円の各損害を被つたといえる。

四  以上によれば、原告らの本訴各請求は、被告に対し、原告樽川が一二万七九七四円、原告久保田商店が四万三四八一円、原告前田が一一万七七四八円及びこれらに対する不法行為後の昭和六二年九月一八日(本訴状送達の日の翌日)から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でのみ理由があり、右原告ら三名のその余の請求及び原告大倉の請求は理由がない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大藤 敏 裁判官 貝阿弥 誠 裁判官 東谷いずみ)

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